相手は尊敬すべきお医者様なのである
筆者は、歳相応に身体に疲労を生じている。 したがって、月に一度は定期的に病院を訪れることにしている。筆者の診察をする医師は、当然、筆者よりも遥かに年下である。こちらは10年以上も前に現役を退いた身である。したがって、彼等は筆者の子や娘に相当する年代であることが多い。しかし相手は、筆者の健康を預かる、場合によっては命を預かる立場であるから、当然、尊敬すべき、あるいは尊敬せねばならない偉大な先生なのである。
尊敬すべきその医師は、こちらからは勝手に選べない。専門によって医師は限定され、それに医師不足の昨今である。これは当然のことである。いやしくも国家試験に合格し、多くの経験を積んで来た医師であり、その経歴と経験と能力に感謝の意と尊敬の念を抱かねばならない相手なのである。
しかし、患者側からすると、なかなかそうも行かない。患者も人間である。医師にかかるからには、何らかの期待がある。尊敬するにも、できない場合がある。現に、筆者のかかっている医師は、
○ただ無言で血圧を測り、薬をいつもどおりに処方する。
○一言もものを言わない。こちらの顔すら見ようとしない。むしろ見るのを避けているようだ。
○そして、ものの1分もかからない診察で終わってしまう。
これでは長時間の間、待たされて、何のために医者へかかったか分からない。
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最近、筆者のかかっている医院では、診察のカルテが電子カルテに変わった。医師はパソコンのデイスプレイを見ながら、キーボードを叩くことに熱中し、ますます患者の顔を見なくなった。それに今までのカルテと違って、医師の入力した内容がデスプレイ画面に表示されるのが、患者からもよく見える。
先日のことである。この医師は、疾患名、血圧、薬の処方を入力し、最後に
○ 『変った考え』
と入力した。
しかしこれは、筆者の身体的状況の診断結果からは逸脱した余分な『付言』であった。他の医師に対する一種の警告なのであろうか。全く意味不明の記述である。さすがの筆者も気にかかったので、後でこの記述の理由について考えてみた。
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これまで何回も診察を受けている間に、この医師との間で全く会話が無かったわけではない。その間に彼が感じ取った意見なのであろうと思った。彼は去年の4月に前任者と交代した。前任者からの引継ぎはカルテやレントゲン写真以外には無いはずである。 『変った考え』なる感想は、前任の医師からのものではなく、現在の医師自身のものであることは明らかであった。
前任医師とは4年間近くの付き合いであったし、前任医師との間ではかなりの会話があった。これは前任医師が年齢的に筆者に近かったことと、筆者の発症時に、筆者を最も適切に診断した最初の医師であったことなどから、筆者自身が前任医師にたいして信頼の念を持っていた。前任者はそのようなことは書くはずがないと確信が持てたのである。
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現在の医師が、『変った考え』と書くからには、この医師自身の固有の考えがあり、彼の固有の考えが筆者の考えと違うことを彼が微妙に認識したということであろう。
ただ『変った考え』と書くからには、『彼自身の変っていない―正常―と思い込んでいる彼固有の考え』 があり、それとは異なっていると独断せざるを得なかった何かが、筆者との極く少ない会話の中に発見されたのであろう。
ただここで言える事は、この彼自身の基準となる考えが、筆者がこれまで、しばしば経験した医師の特有の驕りに満ちた偏見に由来するものであれば、彼の所謂 『変った考え』は誤った考えてとして厳しく批判されねばならない。
尊敬すべきその医師は、こちらからは勝手に選べない。専門によって医師は限定され、それに医師不足の昨今である。これは当然のことである。いやしくも国家試験に合格し、多くの経験を積んで来た医師であり、その経歴と経験と能力に感謝の意と尊敬の念を抱かねばならない相手なのである。
しかし、患者側からすると、なかなかそうも行かない。患者も人間である。医師にかかるからには、何らかの期待がある。尊敬するにも、できない場合がある。現に、筆者のかかっている医師は、
○ただ無言で血圧を測り、薬をいつもどおりに処方する。
○一言もものを言わない。こちらの顔すら見ようとしない。むしろ見るのを避けているようだ。
○そして、ものの1分もかからない診察で終わってしまう。
これでは長時間の間、待たされて、何のために医者へかかったか分からない。
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最近、筆者のかかっている医院では、診察のカルテが電子カルテに変わった。医師はパソコンのデイスプレイを見ながら、キーボードを叩くことに熱中し、ますます患者の顔を見なくなった。それに今までのカルテと違って、医師の入力した内容がデスプレイ画面に表示されるのが、患者からもよく見える。
先日のことである。この医師は、疾患名、血圧、薬の処方を入力し、最後に
○ 『変った考え』
と入力した。
しかしこれは、筆者の身体的状況の診断結果からは逸脱した余分な『付言』であった。他の医師に対する一種の警告なのであろうか。全く意味不明の記述である。さすがの筆者も気にかかったので、後でこの記述の理由について考えてみた。
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これまで何回も診察を受けている間に、この医師との間で全く会話が無かったわけではない。その間に彼が感じ取った意見なのであろうと思った。彼は去年の4月に前任者と交代した。前任者からの引継ぎはカルテやレントゲン写真以外には無いはずである。 『変った考え』なる感想は、前任の医師からのものではなく、現在の医師自身のものであることは明らかであった。
前任医師とは4年間近くの付き合いであったし、前任医師との間ではかなりの会話があった。これは前任医師が年齢的に筆者に近かったことと、筆者の発症時に、筆者を最も適切に診断した最初の医師であったことなどから、筆者自身が前任医師にたいして信頼の念を持っていた。前任者はそのようなことは書くはずがないと確信が持てたのである。
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現在の医師が、『変った考え』と書くからには、この医師自身の固有の考えがあり、彼の固有の考えが筆者の考えと違うことを彼が微妙に認識したということであろう。
ただ『変った考え』と書くからには、『彼自身の変っていない―正常―と思い込んでいる彼固有の考え』 があり、それとは異なっていると独断せざるを得なかった何かが、筆者との極く少ない会話の中に発見されたのであろう。
ただここで言える事は、この彼自身の基準となる考えが、筆者がこれまで、しばしば経験した医師の特有の驕りに満ちた偏見に由来するものであれば、彼の所謂 『変った考え』は誤った考えてとして厳しく批判されねばならない。
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