TV放送司会者の非礼について

注)筆者よりのお断り:この記事の内容の大部分は、「TV放送司会者の話」になっていますが、この記事の元になったのは、佐久間象川氏より、筆者の記事に対していただいたTBの記事「交通違反の話」です。この記事の主題が、佐久間氏のTBの主題と異なっておりますが、その点はご容赦下さい。


小生の記事「エリツイン大統領葬儀への日本の対応」へ、佐久間様のこの記事をTBして頂き、有難うございました。半月遅れのお返事になり、申しわけありません。

実はこのTBをいただいた当初、Yahoo動画で「哀愁」を視ようとしたのですが、WebブラウザをIE(Internet Explorer)から、 Linux系のMozilla Firefox に変更してしまっておりましたために、視ることができませんでした。Yahoo 動画は、IEにしか対応していないためでした。最近は、DVD版で視ることが出来るそうですので、何回視ても新たな発見があるような名画ならば、是非とも視たいものと思っております。

TVのアナウンサーが偉そうなものの言い方をしているが、その人物の底の浅さが見え透けている、などということは、よくあることである」との佐久間様のご指摘でありますが、同感です。

小生の見方は、佐久間様の見方とは少し違うかもしれませんが、TV局内での職位の違いを放送の席に持ち込むのは良くないと思います。同じ局内の職制上の後輩を呼ぶ場合に、放送の中にそれを持ち込むのは宜しくないと思います。もっとはっきり言うと、「〇〇君」と呼ぶのは宜しくないですね。後輩であろうと、何であろうと、「〇〇さん」と呼ぶべきではないでしょうか。もしそれが嫌であれば、職名で呼ぶことを提案します。例えば「〇〇報道員」、「〇〇カメラマン」、「〇〇キャスタ」、「〇〇アナウンサ」と言った類です。

何となれば、視聴者は、当該TV局の職制上の地位の上下とは全く関係ないからです。視聴者にたいしては、そのアナウンサの職制上の地位の高さや年収の多さ、知名度の高さなどは、全く何の関係ないのです。このような行為は、むしろそのアナウンサが自分の権威をひけらかそうとしているとしか映らないのです。(もっともこのようなアナウンサご当人は、全く悪げはなく親しみを持って言っているのかもしれませんし、視聴者側の受け取り方にもよりますが。)

TVの報道番組で、討論会形式の報道が行なわれることが最近増えてきました。その道の専門家や、政治家などが出演依頼に応じて参加し、特定アナウンサの司会の下に討論会が進められます。この場合、司会者が、自分の期待する回答を用意していて、討論参加者の回答を無理にその方向に導こうとする強引な司会が、しばしば見受けられます。これは中立であるべき司会者の取るべき立場ではありません。さらに誘導尋問のような形で、参加者の不用意発言を導こうとするのは一種の詐欺行為ですね。司会者は時間の進行係のようなもので、自分の意見を差し挟んではいけないのです。

それに司会者は言葉を慎むべきです。先日も、ある番組で、司会者が、土井たか子・社民党・元党主にたいし、「憲法改正反対論者の貴重な存在は貴女位しかいなくなってしまった。どうか長生きして頑張って下さい」と言いました。私はこれを聞いて、違和感と言うよりも怒りを覚えました。
土井氏は何歳かよくは知りません。あるいは傘寿を越しておられるかもしません。それにしても、女性に対して年齢に係わることを言うのは極めて非礼です。それが高齢の方に対する場合には特にそうだと思います。

さらに「長生きして」というのは、先行きの生きる期間が短いということを前提としての発言です。ここまで来ると、相手に対して度を越した非礼さとなります。とても許せるものではありません。


(07年6月4日7:43追記)文中で土井たか子氏が傘寿を越しておられるようなことを書きましたが、まだ越しては居られぬと推測いたします。謹んで非礼をお詫びいたします。

テレビ報道の正しい見方

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この記事へのコメント

2007年06月04日 01:37
申訳ないが、東郷様のこのエントリーは、標題が間違っている、と思う。
此処に書いてあるようなアナウンサーは、実際に多く居るが、これは「非礼」では無くて、非常識である。 「非礼」とは、常識のある人間が、意識的に、または無意識で、行なう行為である。 常識のカケラもない人間の行為を、「非礼」と言うのは正しくない。
佐久間氏の言う「底の浅さが見える」に至っては、更に表現が美し過ぎる。 常識があり、礼節を心得た人間の行為に対してのみ、「底が浅いか」どうかが評価できるのであって、礼節どころか、常識もない人間に向かっては、褒め過ぎの言葉だと思う。
何にしても、この様な非常識な人間が、お茶の間に露出して、若者に影響を及ぼしている事態は困った事ですね。
更に、その様な放送をしておいて、聴視料の義務化なんて!。これは、非常識ではなくて、狂人の発想です。
東郷 幹夫
2007年06月04日 08:13
晩秋様
コメントを有難うございました。
表題が間違っているとのご指摘ですが、私の認識では「非常識」とすると、「非常識」を是正すれば許せるという問題を扱っているように思えます。この問題は、余りにも度が過ぎていて、是正できない問題であり、したがって到底許せない程度の問題であるという気持ちから、「非礼」としました。もう少し様子を視てから、修正させて頂きます。
ところで件の非常識氏は、母校のS大でx塾とかいう講座で将来の指導者を育成しているのだそうです。何も将来の指導者はS大から出さねばならないことは無いと思うのですが。何故、S大から指導者を出さねばならない必然性があるのでしょうか?
2007年06月04日 13:55
論理的には晩秋さんの言うのが正しい、と思います。 では、何故、私が・ ・。

雨の路を傘を差して歩いていて、他人様と擦れ違う時に、何も考えなくても、私は傘を傾げます。
此の頃は無頓着、無神経な人間が多くなりましたから、その様にしない人が多いですね。
恐らく晩秋様は、傘傾げをする人でしょうが、私よりも若いから、それをしない人と擦れ違う時に、相手が余りに無作法だと、ご自分も傾げないで、傘をぶつけたりなさるのでしょう。
その「年代の差」が、、私に、論理的には「非常識なアナウンサー」と言うのが正しい所を、「底の浅さが見える・・」という言い方にさせたのだと思います。
2007年06月05日 06:32
とも角、アナウンサという職業に入るには、競争激甚で、それがTVとなると、頭脳の良否だけでなくて、特に女性の場合は容姿の美醜まで問題にされる職業です。一般の視聴者からすると、彼等は特殊エリート社会の人間です。野球の有名選手並の年収を取得する人も居るようですから、彼等の世界を、視聴者の常識で見ると、到底考えられないことが罷り通っているのかもしれません。しかしそれにしても、もう少し放送界の人びとも考えを変えてほしいものです。
本題からそれますが、TVの報道も内容を考えてもらいたいですね。民放は、ただ視聴率を挙げることのみに捉われず、もっと内容を選択してもらいたいものです。紀香・陣内の披露宴など報道の対象としては最も愚劣だと思いますね。又、これを視て喜ぶ○○人も愚劣だということになります。
開催費に5億円もかけ、何百万円というご祝儀を出す人もいるとか、こういう金は福祉関係に寄付すべきですね。

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