宮沢元首相のご逝去を悼む!!!

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在りし日の宮沢喜一元首相

宮沢喜一元首相は6月28日午後1時16分、東京青山のご自宅で87歳で老衰のため逝去された。謹んでお悔やみを申し上げ、ご冥福を祈る。

4年前に政界を引退されてからは、TVへの出演などで、お元気に活躍しておられ、その貴重なご意見を拝聴するのを楽しみにしていた。しかし最近になって、何時の頃からか、そのお姿に著しいご憔悴の有様が見受けられ、秘かにご心配申し上げていた矢先の出来事であった。

宮沢元首相の残されたご実績については、外野席から見れば、あるいは功罪相半ばするものがあるかもしれない。しかし宮沢元首相は、総理としては稀に見る知性の高い人物であったことは否めない。その知性の高さが、かえって派閥を作ることを困難にし、政界運営の邪魔をしたのかもしれない。

いずれにしても惜しい政治家を亡くした。同世代の先輩として、深くそのご逝去を痛むものである。ここに重ねて宮沢喜一元首相のご冥福を祈る。


ハト派の伝言―宮沢喜一元首相が語る

この記事へのコメント

ラベンダー
2007年07月01日 07:51
《総理としては稀に見る知性の高い人物》正にそのとおりの風格がございました。政治家としてのその姿勢は見事だと思っておりました。ご意見番としてもう少し長生きして頂きたかったですね。
2007年07月02日 16:45
ラベンダー様
コメントをいただき、有難うございました。
一つ不思議に思うことがあります。中曽根さんは次期首相として、何故、竹下さんを指名し、宮沢さんを選ばれなかったのでしょう。宮澤さんの方が竹下さんより3歳だけ年上で、中曽根さんの大学の後輩であり(竹下さんは早稲田の政経)、戦後処理などで大きな功績があったのに、と思うのですが。多分、竹下さんの方が派閥の力という背景が強かった(金の力もあった)のと、もしかすると、宮沢さんが余りにも優秀なので、中曽根さんに何らかの嫉妬のようなものがあったのかもしれませんね。宮沢さんは73歳で総理というのは、大変だったと思います。教科書問題、慰安婦問題などで宮沢さんは屈辱を味わわざるを得ない首相として、損な役割りを果たされた首相だと思います。お気の毒だったと思います。

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