松岡農水相の突然死とは?

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松岡利勝農水相が5月28日午前11時頃、赤坂議員宿舎で自殺した。まだ62歳の若さであった。彼は熊本県出身で、鳥取大学農学部林学科を卒業した。所謂、法科万能主義には属さない異色の人材であったのだ。

彼は農水省に入って約25年近く勤め上げ、46歳で、第39回衆議院議員に無所属で当選している。その経歴から見て、明らかに農林水産族議員である。最初は、自民党の三塚派、亀井グループに入り、1998年に江藤・亀井派の結成に参加した。

最近は小泉首相の郵政民営化に賛成して長年仕えた亀井氏と決別した。この頃から松岡氏には政権の座に近づこうとする積極的な動きが現れたように思える。昨年、9月末、安部内閣の誕生に際して、自民党総裁選挙が、谷垣、麻生、安部の3氏で争われた。この時、松岡氏は安部氏の総裁選・選挙対策委員長を務めたそうである。

松岡農水相の資金管理団体である「松岡利勝新世紀政経懇話会」は、事務所費として
2003年は2600万円超、
2004年は3100万円超、
2005年は3300万円超、
2006年は4000万円超
の極めて高額な支出を計上していた(参考;松岡利勝 )。彼のの政治団体である「松岡利勝後援会」は全部で4ヶ所に事務所を置いているものの、主たる事務所は賃料が発生しない議員会館にあった。

一体、何故このような意味不明の金の支出が必要なのであろうか。彼は、事務所費の真の使途を糾そうとする議会での民主党の鋭い質問に対して、”「何とか還元水」を飲むのに使った”とか、”法律に定める所にしたがって適正に使用した”との答弁を繰り返した。安部首相も彼の答弁を徹底して支持し、同じような答弁を繰り返した。

ここで不思議なことが、二つある。
(1)本当に、松岡農水相の所謂・事務所費の内容は何に使われたか?
(2)彼の資金管理団体は、このような高額な支出を可能にする資金を、何処から調達したか?

ここから先の推測は、政界の内情を全く知らない筆者の当て推量である。間違っている可能性が高い。だから、その程度の信憑性しかないということをご了解いただきたい。

2003年と2004年の事務所費は、所属派閥である江藤・亀井派への上納金であるか、あるいは派閥の勢力拡大のための資金であろう。恐らく自分の派閥へ勧誘するためには、支度金のようなものを、対象とする議員に支払うのではないか。上納金の額によって派閥内での地位が定まる。

2005年の事務所費は、松岡氏が、江藤・亀井派を去るに当たって同派に支払った一種の慰謝料が含まれるのではないか。さらに勘ぐれば、郵政民営化賛成の議員獲得のために金が流れた可能性が高い。

2006年の事務所費4000万円は、恐らくは全額、安部氏への投票を買うのに使われた可能性がある。100票を買ったとすれば、(40万円/議員)の買収費を要したことになる。松岡氏が特段の業績も無いのに、安部内閣で農水相になれたのは、この辺の裏の功績評価があったのではないか。

松岡農水相は、使途不明の事務所費の行く先を明かさず、あの世まで持って行った。これで
命拾いをした自民党議員は多いのかもしれない。そして安部首相自身の危機も当面避けることが出来た。自民党は安心して、民主党の小沢代表の何億(8億円?)にも及ぶ事務所費による不動産取得を攻撃できる訳である。

松岡農水相を追い詰めたものは、事務所費の不正支出だけでなく、彼の資金団体への高額な寄付や献金の入金経路の問題があったのではないか。彼が農林水産族であるがゆえに為し得た不明朗な入金手段があったのではないか。最近、農林水産省所管の「緑資源機構」の発注する林道整備調査の入札で官製談合があったとのことである。このようにして受注した業者と官との間に何らかのキックバックがあったとすれば、それが松岡農水相の資金団体へ流れたという可能性もある。もしこれがあったとすれば、松岡農水相を追い詰める十分な根拠となったはずである。この辺は明確な根拠がないので、これ以上の推測は、故人の名誉を損なうものである。

いずれにしても、松岡農水相の死去によって不明になってしまった事が余りにも多いように思える。

ここに松岡農水相の突然のご逝去を悼み、ご冥福を祈る。







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この記事へのコメント

2007年05月31日 20:16
ラベンダー様 TBを有難うございました。大変、的を射た適切な記事だと思って拝読しました。なお、下記は私見です。自殺を犯す人は、何らかの原因で、絶望状態になると、その精神状態が正常ではなくなる。これが高じると前後左右、上下への退路が絶たれてしまって、その精神状態の行きどころが無くなる。その状態を通過すると、前後の判断の出来ない放心状態となってしまう。この放心状態の時が危ない。人はこの放心状態の時に発作的に自殺を犯す。自殺とはこのようなものかと思っていた。しかし、松岡氏の場合は違っていた。故郷・熊本県へ帰って、彼の母堂に会い、祖先の墓参りを済ませ、支持者の県議にも会って秘かに別れを告げた。
その最後は立派であったと言える。しかし、彼が死んだからと言って、事実は消えるものではない。彼の犯したであろう罪は、罪である。あるいは、自民党自体に彼に罪を犯かさせた体質があるのかもしれない。彼の死によって、彼の罪は消えるものでもないし、自民党の体質が変わるわけではない。これを契機として自民党内部に自浄作用が起きない限り、状態は変わらない。

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